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黒湯

2020 March 16

ドアが開き、賑やかなホームに降りた。後ろの満員電車から、人がざあざあと川の流れのように早く向こう側の各駅停車へ歩き出した。人の間を縫い、ついに改札に着いた。出口が見えると寒いビル風と戦うのに準備をしておいた。

夜の空は雲は一つも無かった。都内の真ん中は遠くで、いくつかキラキラ輝く星がみえる。商店街の方では、歩道に置いた商品を店の中に運んでいる店員の音がする。出口から左に曲がって、そして右に曲がって、また左に曲がると、一人もいない道に入る。ビル風はよりもっと強くなってきた。もう少しだ。あと3分歩いて温泉は目の前。

「いらっしゃいませ!どうぞ!」と番台からおばあさんが挨拶した。僕は玄関でぼろぼろの靴を脱いで気に入ってるロッカーの42番に入れて、券売機から温泉だけのチケットを取って手渡した。「温泉でございますね。はーい、どうぞ!」とおばあさんはチケットを取りながらにこにこしていた。僕は会釈して、着替え室の方へ向かった。遊び室ではゆっくり色々な人がヨーグルトを飲んだり、家から持ってきた本を読んだり、テレビに映るコロナウイルスの情報を見たりしている。僕は男性側の青いのれんを分けて、入った。

いつも通り、おじいさんばかりが身体を拭きながらうろうろしていた。僕はなるべく早く服を脱いで、持ってきたタオルとボディソープを取って、シャワーに向かった。もう黒湯の匂いがしたし、足で床にぬるい黒湯たまりを感じた。そのままでしばらく立った。ため息をして、笑顔でお風呂の椅子を取りに手を出した。